私のお家は遠い遠いとこ

 昨日考えていた事を少し思い出した。

 最近主客がよく分からなくなってきた気がする。例えばMONOBRIGHTの「この人、大丈夫ですか」を聴いて、ああこんな風に愛されたい、と思う。のだけど、でも私はこんな風に愛されたいんじゃなくてこんな風に愛したいんじゃなかったっけ、とも思う。好きで仕方ないという風にされたいのかしたいのか分からない。私は好きな人の役に立つ事こそが本望で、できるならその人の為に死ぬのが最高だと熱弁して友人に心配されていたはずだったのに。例えばフライパンのしつこい汚れを落とす為に柄をしっかり持ってシンクに押し付けながらスポンジで擦っている時、これは人を押さえつけている(抑えつけている?)ようで興奮するな、と思う。しかし私は自分をMだと認識していたんじゃなかったか、と気付く。頭を撫でられるなんてちっとも好みじゃない私は(自重)されたり(割愛)されたりしたいと考えていたんじゃなかったか。でもよく考えると私は相手の恥ずかしがっている顔を見るためだけに「何でも無い」に対して(いつか誰かに刺される事を覚悟の上で)「何て?」としつこく繰り返したりするような人間であるしもともとMじゃなかっただけかも知れない。

 まあ解決しなかった所で何の問題も無い。これが問題になるのは恋人なり何なりができた場合だから、着実にマリアの道を歩む私には関係無い。