王様の耳はろばの耳

 仕事で関係のある人がメールを寄越す。今までずっと迷惑を掛けてごめんなさい、実はこういった事情なのです、なのでこれからも迷惑を掛けるでしょう、申し訳ありません、云々。

 少々面食らった。「仕事で関係のある人」といったってよその人なのだ。個人的な事情というのは打ち明ける方は勿論打ち明けられる方も気が重いし、それを受け止めるような関係性でなければ尚更である。我々は一度も会ったことがない。

 

 私は「迷惑」について一度も腹を立てたことはなかった。前に事情の概要を聞いていて、それは少なくとも本人にはどうしようもないことだったからだし、それ以前にその「迷惑」というのが、本人の言うほどたいしたものではなかったからでもある。相手を心配する余裕すらあった。

 事情の詳細を読んで、やっぱり私は腹を立てないし、これからも立てられないであろうし、ますます心配だし、今まで以上に「どうして周りの人たちはこの人をもっと助けてやらないのだろう」という疑念が強くなってしまった。助けているのかもしれない。でも明らかにこの人の業務量は多い。私がそこに何かを頼む時、書類を提出してくるのも、質問の電話を掛けてくるのも、メールをくれるのも、9割方その人だ。電話をくれるとき、いつも申し訳ありませんと必ず言う。本当に申し訳なさそうに言う。たぶん、随分前に締切を大分伸ばしてやったのをずっと気にしている。あれは本当に大丈夫なやつだったんです。だから連絡をくれたときにも気にしなくていいと書いたのに。

 

 うちがやることではないし、もしそれをやってしまったらそれは内政干渉のようなものだから絶対にできないのだが、仕事を手伝ってあげられたらいいのにと思う。これもやっぱり内政干渉だから絶対にできないのだが、どうして何々さんの業務を減らさないんですか、と言えたらいいのにと思う。私は大変な状況にある人に対して無理な仕事を押し付けて平気でいられるほど精神が鍛えられていないから、できるならそういう心苦しさから自分だけ逃げたいのでそういうふうに思う。

 とりあえず私はほとんど何もできないし、今まで何かしてあなたが恩に着ているそれや反対にあなたが何かして申し訳なく思っているそれは本当に些細なことなので本当に本当に気にしないでくれ、という思いを込めて即座にむちゃくちゃ熱い返事を書いたのだが(ただの自己満足だけど、この時本当に忙しかったけれども親しくない相手にわりあい個人的な事情を打ち明けるメールを送って黙殺されたと思ったらきっと悲しいだろうと思ったから)、どうやら熱過ぎて引かれたらしく、その後電話でやりとりした際にも特にリアクションはなかった。