日記

 数時間前に表から怒号が聞こえた。

 さほどめずらしいことではなかったが、わりに近いところから聞こえたので不安になってカーテンを開けた。すると思ったよりずっと近くでそれは展開されていたので驚いた。私は(おそらく泥酔している)大男が怒鳴りながら乱暴に扉を叩き、中から出てきた女性の髪を掴み、一方的に罵ったあと部屋に入るのを見た。しばらくの間をおいて扉が開き、もう一度男が出てきて、また怒号を上げた後ふたたび部屋へ戻るのを見た。そのあとは静かになった。私はずっと見ていた。

 さんざん迷った末、Googleマップで正確な住所を調べ、電話でなく県警のホームページから見たこととその場所を送った。名前と連絡先は書かず、年代と職業と性別と大まかな住所だけを書いた。本当は何も書きたくなかったが、悪戯と思われたくなかったし少なくとも女と書いた方が有利(なにに?)かも知れないと思ったからだ。はじめ借金取りにすら見えた男と女性はおそらく夫婦だろうと思ったが、それを書くと家庭内のいざこざとしてぞんざいに扱われるのではないかと不安になったのでそこについては何も書かなかった。どれほどの緊急性があるのかわからず、そう思うなら電話で通報すべきだともわかっていたのでお願いだから早く来てくれとは書けなかった。手が震えていた。

 私は叫べば声が届くだろう距離にいたし、走ってそこへ行くことのできる距離にいたし、録画や録音をすれば確実にきちんと撮れる距離にいたし、そうでなくともその場で電話をすることはできた。しかし私はそのどれもしなかった。

 それからシリン・ネザマフィの「サラム」を読み返した。