何じゃこりゃ

 昔、美少女になって美少女を守りたいと思っていた。

 

 以前、性的にネガティブな話を聞くと極度に気が滅入るという話を書いた。いや、誤摩化すのはよしましょう。どういう形であれ性的に何らかの被害にあったという話を聞くと極度に落ち込む。それはただ単に同情とか怒りとかだけではなくて、「どうして私ではなくあなたが」という気持ちが大きい。

 こういう話題に限らず、誰かの辛い体験を聞いて「私がそういう目に遭えばよかった」と思う事は多い。それは別に私が自己犠牲精神に溢れているとか、相手をすごく思いやっているとかいう事ではない。ただ単に、私は私がすごくどうでもいいだけなのだ。大切な「あなた」が辛い思いをするならばどうでもいい私がそれを引き受けたかったと思うだけなのだ。どうでもいい私が辛い思いをしようとどうでもいい。

 ただ、こういう話題の時そう思うのはこれに加えてもう一つ理由がある。私は性的な被害を被っても、普通の女性よりは傷つかないようなのだ。全く何ともない訳ではないだろうが、普通の女性程恐怖や苦痛を感じないんじゃないかと思う。

 

 私がそのことに気付いたのは、義務教育を受けていた頃不審者に遭遇した時だった。

 不審者と言っても大した事は無く、露出してくる訳でも体を触ってくる訳でも無かった。ただ声を掛けてきて最終的に性交渉を持ちかけてきた。口調は乱暴では無かったし抵抗したら無理強いされるというような雰囲気でも無かった。それに私は当時既に自分の容姿をよく分かっていたから、相手が他でも無い私に執着する理由など無く、断ればすぐ次に行くだろう事は気付いていた。だから一笑に付してそのまま学校に行った。通学路を歩きながら、もしかしてこれって先生に報告すべきレベルの事態なのか?と思い当たり、でも大した事無かったしと悩んだ。途中で友人に会ったので、さっき何か不審者?にあってさ〜と笑って言いながら、一応報告しておくか、大した事ないからって怒られたり呆れられたりはしないだろうから、と決めた。

 学校に着くと1人の同級生の女の子が泣いていて、彼女の友人たちがそれを慰めているようだった。どうしたんだろうと少しは思ったが、その女の子はスクールカースト上位で、最底辺の私は全く仲良くなかったこともあって「まあ私には関係ないし」と通り過ぎた。そして先生に学校に着く前に起こった事を報告した。その時の先生のリアクションがどうだったのかはよく覚えていない。少なくとも怒られたり呆れられたりしなかった事だけは確かだ。

 その日の午前中、授業中なのに私は呼び出され、その女の子も呼び出された。応接室のソファに二人で座らされた時初めて、馬鹿な私はその女の子も被害者である事を知った。我々は警察の人(気を使ってくれたのか女性だった)の質問に答えた。彼女はまだ泣いていてたが私はへらへらしながら全てをべらべら喋った。ああそういえば最後にセックスしようって言われました、と半笑いで言った。彼女はそれを聞いて泣きながら怒っていて、私は不思議な思いでそれを見ていた。これが普通なんだろうなと思った。

 彼女はスクールカースト最上位で、気が強くて(わがままという訳では(あまり)無かった)、飄々とした感じだった。そんな彼女の泣いている姿はなかなか衝撃的で、同じような被害を受けた私は正直言ってどうということも無かったという事実が衝撃を増した。彼女は可愛くて、私は既にブスだったので、その不審者は可愛い女の子にはブスよりもっとひどいことを言った可能性があり、だからこそ彼女は私よりずっと傷ついているのかも知れなかった。でも、そうだとしてもやっぱりおかしいと思った。反応が違い過ぎた。私はおかしいんだろうなとその時気付いた。

 

 私は性的な被害を受けても大して傷つかないんだから、性的な被害を受ければ傷つくまっとうな女の子たちを守ればいいと思った。きっと美少女のほうが被害に遭いやすい。だから、美少女になって今にも被害に遭いそうな女の子たちの前に登場し、相手に自分を襲わせればいい。女の子たちは守られ、私は「傷ついて誰にも言えない」なんて事は無いから不審者は御用、私もこれと言って傷つかないし人を守れて満足。完璧だと悦に入った。

 だが夢破れたのはその数年後だった。私は美少女になって誘拐されかけた——夢の中で。駅のホームで知らない男に腕を掴まれた時、私は確かに怖いと思ったのだ(繰り返しますが夢です)。私は挫折した。

 

 自分が美少女になりたがっていたと思い出す事はそれ以後も何度かあった。その度に、「無理だったじゃないか」という思いと、「でもこの人のためだったらできる」という思いで揺れ動く。そういう事を考えながら、その時大抵私は黙っている。