可哀想に、

秋の夜長は読書とブログ

忘却の河 (新潮文庫)

忘却の河 (新潮文庫)

 

 

お前は忘れているのか、忘れたままで生きている事が出来るのか、とビルの窓々の眼は私に語った。 

 

 これ、何回やってもいいのでしょうか。それならとりあえずは何か書けそうな本でお茶を濁しておいてこの作品は後に取っておこうかとも思ったのですが、今書かなければ永遠に書かない気もするので書いておきます。審査は期間終了後みたいだから気になったら後でこっそり修正してしまえ。

 

 私はそもそも読書感想文なるものが苦手です。小学生の頃から高校に至るまで、なるだけ読書感想文から逃げてきました。ゆとり教育のせいかは知りませんが、私が今までに課せられた長期休暇の宿題の作文は殆ど単なる「自由題作文」であり、どうしても読書感想文でなければならなかったのは三度だけです。つまり私は今までの人生で三度しか読書感想文を書いた事がありません。そしてそのうち最初の二度は課題図書が存在しませんでした。私は二度目と三度目の間にこの『忘却の河』を読み、三度目の読書感想文はこれを題材にしよう、書けるかどうかは分からないが書かねばならないしこれ以外の図書を書く事は考えられない、と決意いたしました。しかし、三度目の読書感想文では書くべき図書にある程度の縛りがあり、この本は当然のようにそこから漏れていました。結局、がっかりを通り越して怒りすら抱きながら、私は最後の読書感想文を『暗夜行路』を題材として適当に書き殴って提出しました。

 (長い前置きですがまだ続きますので我慢のきく方はお付き合いの程を。)そういう訳で私はこの本の感想を書く事はありませんでした。前述のように、私は書きたかったし書かねばならぬと思ったし、だからこそ書けなくなった時に失望と怒りを覚えたのですが、その一方ほっとしてもいました。私にはこの傑作に見合うだけの文章を書く能力も、私の受けた感銘を文字に写し取る能力も無いと知っていました。だからこの作品を貶めずに済んで良かったと思ったのです。それほどの作品なのです。まあ、今から貶める事になりましょうけれども。

 

 この作品は七章から成り、主人公(では無いのかも知れませんが、便宜的にこう呼びます)、その娘(姉)、娘(妹)、妻、娘(姉)の知人の「先生」、再び娘(妹)、再び主人公、と視点が写っていきます。そこに何が書かれているのかという点に関してですが、作者の意図だってありましょうし、正しい見識を持つ方から見ればこれ以外の何物でもないという題材だって見出されるのかも知れません。ですからあくまで「私にとっては」なのですが、私にとってはこの作品は成就し得なかった或いは幸福な結末を迎えられなかった愛の話に他なりません。

 これは私が今まで異性との交際経験が無く男女間の恋愛に関して多大な期待を抱いている事が恐らく大きな原因だと思うのですが、私は「お互い愛し合っているにも関わらずその愛が貫かれない」という状況がとにかく苦痛です。愛を貫いた結果不幸な結末を迎えるのは十分受け入れられるのですが、お互いに愛しているのに諦めるというのがどうにも辛いというか我慢できないのです。

 しかしこの作品にはそういう話が溢れています。愛に関するものに限らず、力づくで逃れようと思えば逃れられるかも知れない、けれど現実にはとうてい逃れられないような状況の中で苦しむ話ばかりなのです。そのような状況においてそれぞれが罪を犯し、苦しみ、諦めて現実を受け入れ、折り合いを付けていくような。

 主人公は本当に愛した女性と結ばれず、彼女から逃げて彼女を捨て彼女を殺し、周囲に言われるが儘に妻と結婚します。過去のために主人公は妻にとっては「冷たい」人間となってしまっており、それ故にこの夫婦はなかなか心を通わせることができません。主人公は彼なりに妻や娘たちを愛そうと努力するのですが、不器用さもあってその心がうまく伝わらない。妻は妻で、夫から愛されない・大事にされないと悩み、他の男性を想い、そして彼を失い苦しみます。そして娘たちにはこの両親の不和や家庭というものが重くのしかかってそれぞれに苦しみ、一方娘(姉)を密かに愛していた「先生」は主人公との偶然の邂逅をきっかけとしてそれを諦めます。

 誰ひとりとして、愛を貫いたり意思を通すために自分の置かれた状況から脱出する(この作品の場合、それはほぼ「家庭を捨てる」を意味する訳ですが)という選択をしないのです。彼らはそのような選択をすることなしに、それぞれ苦しみを抱えたまま、それでもどうにか最善の行動をしようと努力をして生きていくのです。そして時にその努力は功を奏し、彼らは救われます。そうは言っても全てが綺麗さっぱり解決する訳では無く、何事も無かったかのように罪が消滅する訳でもありません。抱えて生きるしか無いのです。

 この作品を最初に読んだ時は私は今よりもっと幼かったので全く納得できませんでした。主人公は親など無視して駆け落ちをすれば良かったのに。愛の無い結婚なんてするべきじゃなかったのに。「先生」は愛を貫けば良かったのに。特に、主人公は親など無視して駆け落ちをすれば良かったのに、というのは強く思っていました。この時点で主人公が愛を貫けば連鎖的に発生した様々な不幸を防げたのですから。けれどそうはなりません。

 今でも完全に納得はしていませんが、そういうことがあると分かるようにはなりました。そういう状況というものはあるし、人間や人生はそういうものなのだと。しかしまだ真の理解は先でしょう。そもそも死ぬ前に真の理解が私に訪れるかどうか定かではありません。

わたしは嬉しいわ、あなたがまだわたしのことを忘れないでいてくれるということ。みんな不幸なのね。みんな可哀想なのね。でもあなたはわたしのことを決して忘れないわね。

 

僕は決して忘れないよ、と彼は言った。

僕は決して忘れないよ、と私は言った。