自分のネット上での活動を断片的に教えてくれる友人は私が執念深く彼女をネット上で探しまくってネットストーカーと化す危険性を考慮してないの?

つうかいいわけ?○○で△△だったんだ〜とか言われたら私その○○を隅から隅まで見て△△に該当する人を一人一人虱潰しに確認する程度にはストーカー体質だしそれをできる程度にはあなたのこと大好きなんだけど?とか思うんですけどそれを口に出したらいよいよ本気でドン引かれると思うともやもやしながら黙っているしかありません。

 

あれ、ハンジさんかわいいよ…? からさらに進行して(敬称が追加されているのがポイント)、

えっ兵長がちょっとかわいく見えてきたような…いやいやそんなはずはない、兵長なんてある意味ベタ過ぎるキャラは腐女子の人たちに任せときゃいいんだよって思ってたじゃん…でも正直悪くない気がしてきたというか…→まあどうでもいいや、ハンジさんかわいいし→つか全員かわいいわ、ハンジさんもミカサもユミルもクリスタもサシャもアニもペトラも(漏れがないか不安)かわいいし結婚したい、いやユミルとクリスタはこいつら同士で結婚すべきだな…

辺りで落ち着きました。

 

子供の頃から、私は誰かのためには働けないと思っていた。誰か、というのは正確に言うと括弧付きの「誰か」、要するに私の知らない不特定多数の「誰か」のことです。でもそういう定義になったのは割と最近で、昔は誰かイコール全ての私以外の人、だったなあ。例えば髪を切るのも、絵を描くのも楽しいかもしれない、でも私は私のために、私の好きなようにそれらをやりたいだけであって、誰かのために、誰かに注文を付けられながらやるなんて絶対耐えられないと思っていた。最近はちょっと意味合いが変わってきて、人の役に立ちたい欲自体はものすごくあるんだけども、その欲は「私の好きな人」にだけ向けられていて、私は私の好きな人が幸せになるための役に立って自分がそのことによって幸せになりたいという結局は自己中心的な考え方をしてるんですよね。ただし、自分だけのために完全に自分のやりたいように仕事をして生きていくのはかなり難しい一方、自分の好きな人のために仕事をして生きていくのは、好きな人「だけ」という条件を外せばそう難しくない。もちろん好きな人は複数いるわけだから、全員をカバーするような仕事を探さなければならないわけで、そうなると、日本国民全員だとか地球上の人間全員を救うような仕事をすればよくねっていう結論に当然たどり着く訳ですよ。私の大好きなあの人も、あの人も、みんな私に守られてる、私のおかげで幸せに生きてる、って思えたら幸せだな〜過労で死んでもきっと幸せだな〜好きな人のために死ぬんなら最高じゃん…(日本国民全員とか地球上の人間全員とかだと自分の死ぬほど嫌いな奴の役にも立ってしまうことは無視)

 

8/11追記

あああミーナとリコとカルラ忘れてたああああすみませんでしたあああ