うーんこのポエム的雑文

お金が欲しい。才能が欲しい。

どちらかだけでもいい。

才能がないから何のために生きているのかわからない。何も生み出せない。

精子からやりなおしたい。というか、他の精子に道を譲りたい。

 

私自身には何の美徳も授けてくださらなかった神よ、私から学問まで奪わなくてもいいじゃないですか。私には何もないし何もできることがない。

 

要するに好きなことをしてご飯食べられたらいいのに、無理なのは嫌というほど知ってるけどさあ、という話です。

 

音楽に見捨てられ美術に見捨てられ、学問も私を見捨てようとしていて、あなたまで私を捨てるのね!信じてたのに!と思うけど、それこそ学問の側から見れば

『好意を注ぐのは勝手だけれど、そちらの都合で注いでおいて、植木の水やりみたいに期待されても困るの』(江國香織落下する夕方』)

って感じだろうなあ。

 

ただ単に好きなことをしたいという我侭が大部分を占めるのだが、好きなことをしないで何となく生きるのに恐怖を感じてもいる。そしてそれは両親の影響が大きいと思う。

母には幼い頃から好きなことがあって、そして世の中の多くの親と同じように「普通に就職して、それは趣味にすればいいじゃない」と言う両親の反対を押し切ってその道に進んだ。今もやっぱりそれに関連した仕事をしている。

でも父は違う。学歴は母よりいい。でも手当り次第に大学を受けて受かった大学の受かった学部に進んで就職して、という流れで、ずっとやりたかったこととかをしているわけじゃない。私から見ればとても父に向いている仕事をしてると思うけど、本人は仕事を全然好きじゃない。

話を聞く限りでは母の勤める会社の方がいい環境であるように思えるからそのせいかも知れない。しかし、好きなことを仕事にして、もちろん苦労もあるだろうけども仕事自体にはやりがいを感じているらしくきちんと評価もされている母と、すごく嫌そうに仕事を語る父の差は、やりたいことがあってそれを目指していたか否かなのだろうな、なんとなく生きていると父のようになってしまうのかな、と以前から感じていた。

私を養うためにそんな嫌な仕事をして、ここまで育ててくれた人をこういうふうに捉えるのは失礼で恩知らずで恥知らずで嘆かわしい親不孝者だとはわかっている。でも、父に感謝していて、父を好きだったから、仕事を嫌々やっていることを隠そうともしないというそれだけがすごく嫌だった。そんな仕事をしているのは私のせいであるのが嫌だった。これさえなければもっと純粋に父を好きになれたのにと思う。もっと聞こえのいい職業がよかったというんじゃない。銀行員や医者や官僚や大学教授であってほしかったわけじゃない。自身の仕事を好きで誇ってくれるんだったら、例えばオリエント工業に勤めていてくれたほうがずっとよかった。人に言えなくてもそっちのほうがよかった。

だからこのまま就職するのが怖いんだ。なんて言えるわけないじゃないか。